『劇場版名探偵コナン ゼロの執行人』にたった1つダメ出ししたいこと
ゴールデンウィーク中、たくさんの人に見られたであろうゼロの執行人。
わたしも3回見ました。
3回見た結果、粗が気になってきました。
ハマりすぎると「こうだったら完璧な作品だったのに!」という文句が出てきてしまうんですね~。
今回は私が気になった点をたった1つ、述べたいと思います。
(本当は3箇所くらいありますが。)
以下ネタバレあります。
まず2回目までの感想。
1回目「安室さんイケメンんんんんん!コナン君恋人とか聞かないでェェェェ!」
2回目「安室さんイケメンんんんんん!運転の手つき色っぽすぎぃぃぃ!」
安室さんのイケメンさにやられまくりです。
コナン君との連携プレーも見せ場でかっこいいですし、TVアニメのエンディングともリンクさせて考えると、よりうっとりしてしまいますね。
本題とそれますが、安室さん(というか降谷さん)は、夕方から夜か雨の日、という暗い情景の中で活動していましたね。
それがまるで降谷さんの公安部の中の「ゼロ」としての活動が、決して表には出ないものであること、トリプルフェイスであるためにおおっぴらに活動できないことを象徴しているようでした。
TVアニメ版のエンディングで安室さんがコナン君とともに夜を駆け、夜明けに向かって走っていくのも、世間から隠れて活動しながら、コナン君と事件を解決することを象徴しているように感じました。
萌え。
戻ります。
こんなに、安室さんの人物像的にも、情景描写的にもかっこいい今回の映画ですが
わたしが気になったのは最後の、安室さんの車で安室さんとコナンが会話したシーンです。
コナン「安室さん、彼女とかいるの?」
安室「僕の恋人は・・・この国だ!」
なんでぇぇぇぇぇ?
この国=日本と明言されているわけではありませんが、そういうことなのかな、と感じてしまいますよね。
安室さんは「僕は命に代えても守らなければならないものがある」と言っていました。
ということは
守らなければならないもの
=この国
≒日本???
いやー、日本はべつに命かけて守るものではないでしょ。
「この国」が日本でなかったとしても、命に代えても守るべき国など存在するのでしょうか?
私はそうは思いません。
国を守る!という人は、洗脳されているか、今ある地位がおいしいかしかありません。
安室さん、国にいい生活させてもらってんのかな?と思ってしまいます。
映画も所詮メディアなので、コナンまで政治利用されかけてるのか?と思いました。
(考えすぎですかね・・・)
なので、改善案を提案します!
安室「僕は命に代えても守らなければならないものがある」
コナン「安室さん、彼女とかいるの?」
ここはこのままでOK。
このあとの・・・
このコナンの質問に対する安室の答えをぼかせ!!!
彼女いるの、と聞かれても、「ふっ」っと微笑んでごまかせ!!!
答えは出すな!!!
「命に代えても守らなければならないものがある」=「正義」は安室さんが戦う理由なので、必要不可欠です。
ですが、戦う理由として一番多くの人がしっくりくるのは「大切な人たちの生活を守るため」とかじゃないかな、と思います。
「国を守る」はあまり感情移入できる答えではありません。
「守らなければならないもの」は安室さんが心に秘めてたっていいわけですし、物語全体(映画だけでなく原作含め)を通して読者・視聴者が「安室さんの正義って何だろう・・・?」って考えを巡らすのもいいと思うんです。
「正義」という答えのないテーマを使用するなら、その方がより安室さんがかっこよくなり、作品の内容としてもより深いものにできたと思います。
ま、コナン君にそんな深みを求めるべきではないとも思いますが。
今作が政治的なものでないことを祈っています。
(おまけですが、答えを出さなければ、
「恋人、やっぱり梓さんかな?」
「安コだろぉぉぉ(腐)」等々←わからない人はスルーしてね
と妄想を膨らませることもできますし、win-winだと思います。)
以上が、今回の映画を最高のものにするために、私が必要だと感じたことでした!
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